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仙台高等裁判所秋田支部 昭和31年(ナ)1号 判決

原告 吉岡良三

被告 青森県選挙管理委員会

補助参加人 奈良岡繁太郎

主文

昭和三十年九月十三日執行の五所川原市議会議員の一般選挙の中川選挙区に於ける当選の効力に関し訴願人奈良岡繁のなした訴願に対し、同年十二月十三日被告委員会がなしたる裁決は之を取消す。

右選挙に於ける奈良岡繁太郎の当選は無効とする。

訴訟費用中、補助参加により生じたる分は被告補助参加人の、その余の分は被告委員会の、各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、第二項と同旨並びに訴訟費用は被告委員会の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、

第一、原告は昭和三十年九月十三日執行の五所川原市議会議員の一般選挙の中川選挙区に於ける選挙人なるところ、右選挙区の議員定数は三名で訴外奈良乾一、片山英一、小野豊四郎、秋田長兵衛及び補助参加人の五名が立候補し、開票の結果選挙会に於て補助参加人及び候補者秋田長兵衛の各有効投票数が同数の三百五十四票にして、いずれも最下位の当選順位にあるものと認め、抽籖により補助参加人を最下位当選者、候補者秋田長兵衛を次点者と決定した。しかし原告は同年九月十五日五所川原市選挙管理委員会に対し当選の効力に関する異議の申立をなしたところ、右委員会に於て同月三十日右異議を容れ、右選挙会の前記決定を取消し、補助参加人の当選を無効とする旨の決定をした。ところが右選挙区に於ける選挙人である訴外奈良岡繁より右決定を不服とし同年十月十一日被告委員会に対し訴願の提起をなしたところ、被告委員会は、選挙会に於て補助参加人の有効投票となした前記三百五十四票の投票中「奈良岡様へ」と記載の投票一票及び候補者秋田長兵衛の有効投票中「秋ろ」と記載の投票一票は、いずれも候補者の氏名の外他事を記載したる無効の投票であり、又無効投票中に存する「」と記載の投票及び「ナラカ」と記載の投票各一票は、前者は候補者秋田長兵衛の、後者は補助参加人の、各有効投票であると、それぞれ判定し、右両名の得票数は結局いずれも三百五十四票の同数となり、選挙会の決定した右両名の当落の結果には何等影響がないから、補助参加人を以て当選者となすべく、前記市選挙管理委員会が補助参加人の当選を無効としたのは失当であるとの理由を以て、同年十二月十三日附を以て「昭和三十年九月三十日五所川原市選挙管理委員会が異議申立人吉岡良三の異議に対してなした決定は之を取消す、当選人奈良岡繁太郎の当選の効力に何等の影響を及ぼすことはないから、同人の当選は有効とする」旨の裁決をなした。

第二、しかれども、被告委員会が左記の投票二票の効力につきなしたる前記判断は失当である。すなわち

(イ)、「秋ろ」と記載ある前記投票一票(甲第一号証)は「秋田ちようべい」と記載せんとして「秋田ち」まで記載して中止したものと認められ、有意の他事記載と断ずることはできないから、候補者秋田長兵衛の有効投票となすべきであり、又

(ロ)、「ナラガ」と記載ある前記投票一票(甲第四号証)は、本件選挙区に於ける候補者奈良乾一は同地方に於てナラカン又はナラケンなる通称を以て呼称されている事実があるから「ナラオカ」と記載せんとしてオの一字を脱落したるものか或は又「ナラカン」と記載すべくしてンの一字を脱落したるものかを判定し難いもので結局候補者の何人を記載したか不明のものとして、無効と解すべきものである。

第三、されば補助参加人の得票数は三百五十三票、候補者秋田長兵衛の得票数は三百五十五票となり、候補者秋田長兵衛を以て最下位当選者、補助参加人を次点者となすべきこと明白であるから、被告委員会の前記裁決は違法にして取消さるべきものであると述べ、

被告委員会の主張に対し、候補者奈良乾一の立候補届出書類及び五所川原市選挙管理委員会の告示並びに掲示に右候補者の氏名に「ナラケンイチ」と振仮名が附記されていたことは争わない、

補助参加人の主張に対し、補助参加人主張の「」と記載の投票の記載者は非常なる文盲でアの字を顛倒して記載したものであるがアキタと判読し得るのであるから候補者秋田長兵衛の有効投票と認むべきである。

と各陳述した。

(証拠省略)

被告指定代理人は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中第一の事実は認める。原告主張の(イ)の投票は秋田の二字の次の「ろ」なる記載は、その態様から見て全く文字とは認め難く仮に之を文字なりとしても「ち」と判読すること困難で、むしろ「ろ」又は「ら」の記載と認められるから、候補者の氏名の外他事を記載したものと認めるの外なく、無効となすべきであり、又原告主張の(ロ)の投票はナラオカと記載せんとしてオの字を脱落したものと認め、補助参加人の有効投票となすべきである。けだし、候補者奈良乾一はナラケンイチと呼ぶのが正当であり同人の立候補届出書類は勿論、五所川原市選挙管理委員会のなした告示並びに掲示等には、いずれも「ナラケンイチ」と振仮名が附記されており、又中川選挙区に於て右候補者をナラケンと略称している者があるけれども、ナラカンと呼ぶ者はない。したがつて右選挙区に於ける投票中に「ナラケン」と記載ある投票は存するけれども、ナラカンと記載された投票は一票も存しないのであつて、此の事実からしても、右投票は「ナラオカ」と記載すべくしてナラカと誤記したるものと認めるのが相当である。故に被告委員会の前記裁決には原告主張の如き違法の点は存しない、と述べた。(立証省略)

補助参加代理人は被告委員会に於て候補者秋田長兵衛に対する有効投票と認めた「」と記載の投票一票(甲第三号証)は、アキタと判読することができず、結局候補者の何人を記載したるものか不明であつて選挙会の決定の如く無効投票となすべきであると述べたる外は、すべて被告委員会と同趣旨の陳述をした。(証拠省略)

理由

原告主張の第一の事実は当事者間に争がない。よつて原告主張の投票二票並びに補助参加人主張の投票一票の各効力について判断する。

「秋ろ」と記載の投票一票(甲第一号証)。此の投票は、成立に争なき甲第一号証の記載によれば、第一、二字は明らかに秋田と記載されているけれども、第三字は「ち」なるか「ろ」なるか稍明瞭を欠くものではあるが、その筆勢、運筆の具合等を考えると、辛うじて「ち」と判読し得るし、又その筆跡の稚拙なる点よりして「秋田ちようべい」と記載せんとして「秋田ち」まで記載して中止したものと認められるから、原告主張の如く候補者秋田長兵衛に対する有効投票と解すべきである。

「ナラカ」と記載の投票一票(甲第四号証)。本件選挙の中川選挙区に於ける候補者中ナラカなる音に近似する氏名を有する者は補助参加人と候補者奈良乾一の両名以外に存しないことは前記認定の事実より明白なるところ、証人一戸義明、同笠井亀吉、同渋谷伝十郎の各証言を綜合すると、候補者奈良乾一は右中川地区に於て「ナラカンイチ」或は略して単に「ナラカン」とも呼称されている事実を認め得べく、右事実に、「乾」という字は「カン」と音読される場合が多い事実と成立に争なき甲第四号証の記載により認め得る此の投票の記載文字の稍稚拙なる事実等を考え合せると、此の投票はその記載者に於て、「ナラオカ」と記載せんとして「オ」の一字を脱落したものか或は候補者奈良乾一に投票する意思を以て「ナラカンイチ」と記載せんとして「ナラカ」とまで記載して中止したのか若しくは「ナラカン」と記載すべくして「ン」の一字を脱落したるものなるか、そのいずれの場合に該るかを断定するに困難なるものである。尤も被告委員会並びに補助参加人主張の如く候補者奈良乾一の立候補届出書類その他五所川原市選挙管理委員会の本件選挙に関する告示並びに掲示等に右候補者の氏名に「ナラケンイチ」と振仮名されている事実は当事者間に争なく、右候補者の氏名の正当なる呼称は「ナラケンイチ」であること及び右中川選挙区に於ける投票中に「ナラカン」と記載せられた投票が一票も存しなかつたことは原告の明らかに争わないところではあるけれども、かような事実が存するからとて直ちに本件投票が補助参加人の姓の「ナラオカ」を記載せんとして「ナラカ」と誤記したるものとのみ断定することは当を得ないものと謂わねばならない。したがつて此の投票は補助参加人及び候補者奈良乾一の何れを記載したかを確認し難い無効の投票となすべきである。

「」と記載の投票一票(甲第三号証)。此の投票の記載は成立に争なき甲第三号証の記載によると、第一字及び第二字は投票を上下逆において見ると第一字は「タ」、第二字は「キ」の記載と認められ、第三字は投票を正常位に復して見ると辛うじて「ア」と誤められ、結局「タキア」と判読し得るものである。しかして、その筆跡の極めて拙劣なる点より考うれば、故意にタキアと記載したものとは到底認め難いところであつて、むしろ此の投票の記載者は至つて文盲であつて投票用紙を上下逆においたまま、アキタと記載する意図の下にアの字を記載したが、次のキの字を記載せんとするに際し、何かのはずみに投票用紙が正常位に顛倒したるに拘わらず之に気付かずして、そのままキ、タ、の二字を順次記載したるものと認めるを相当とする。しかして、中川選挙区に於ける候補者中タキアに類似する音の氏名を有するものがないし、「タキア」を下から読めば「アキタ」となるのであるから、此の投票は候補者秋田長兵衛に対する有効投票となすべきである。

以上認定したところにより計算すると、候補者秋田長兵衛の得票数は三百五十五票となり、補助参加人の得票数は三百五十三票となること明白であるから、原告を以て最下位当選者となすべく、之に反し補助参加人の当選は之を無効となすべきものである。

されば、事ここにいでなかつた被告委員会の前記裁決は違法であつて、之が取消を求むる原告の本訴請求は正当にして認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 松村美佐男 浜辺信義 兼築義春)

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